ダイエットは必要?あなたがダイエットをする理由を見つける方法

さて、ダイエットはどうして必要なのでしょう?

今、一度、目をつむって、みなさんの心の中に聞いてみてください。
「あなたはどうしてダイエットをするのですか?」と。

いいですか?
イメージが浮かびましたか?

浮かんだなかで、一番、強く浮かんできたイメージがありますか?
それが答えです。

えっ、答えになっていないって。
いえ、あなたはすでに答えを持っているはずです。
インターネットという無限の世界でこのホームページを探してきて、訪問しているあなたですから、強い意思があると思います。

わたしはあなたの中の一番強い思いに応えます。

ダイエットをするための理由の正体をつかんでください。
ダイエットをするための理由は、ダイエットをつづける何よりの強い柱になります。


この理由をしっかり知ってから、この先へ進んでください。
もし浮かんでこないと言う人は、本当はダイエットの必要がないのかもしれません。

いずれ痩せる、明日からやせる、来週からやせると思っている人は、この先は読まなくても結構です。

このホームページを訪問したからには、今までみたいにダイエットを、明日や来週に問題は持ち越せません。
次はあなたがスリムになる番です。


当サイトでは実践がしやすいように、限界までノウハウを圧縮してシンプルにしています。
途中でダイエットをやめたくなったりした場合は、もう一度さっき頭に浮かんできたイメージを思い出してください。
間違いなくあなたを支えてくれるでしょう。
強い思いがある人は、今日からダイエットがはじまります。



日本人がダイエットしなければいけなくなった根本的な原因は?

ダイエットっていつごろからあったのでしょうか?

ダイエットという言葉は、英語の「diet」が由来になります。
英語の「diet」はギリシャ語が変化したものです。
語源となったギリシャ語「diata」は、生活様式という意味合いです。
このギリシャ語が「日常の食べ物」という意味に変わって、英語の「diet」となりました。

英語の「diet」には、その後も意味が多く派生するようになりました。
「『代謝異常』『消化器系内臓疾患』『肥満』などの病気に対する『食事療法』」というものです。

日本では、元の意味からずれてしまっていて、本質の「食事療法」から、「痩身のための減量」「過激な運動」という用途でも使われるようですが、本来の意味とは趣旨が異なります。

ダイエットという言葉は、「生活様式」→「日常の食べ物」→「食事療法」というのが意味の正しい道筋のようです。

当サイトは、生活様式、日常の食べ物、食事療法というダイエットの王道とも言える点に注目していきます。

つまり代謝の異常に対して、生活のなかで食事療法を行い、正しい代謝状態に体を持っていくスタンスになります。

食事が欧米化して、肉を多くとるようになってから、日本はメタボリックや肥満といった問題が多くとりあげられるようになりました。

裏を返せば、もともと日本には、ダイエットという考え方はあまり必要なかったということです。
これは大きな意味を持っているように思います。

何千年とかけて、日本人は穀物や魚を中心とした食生活をしてきました。
ところが、ここ数十年近くで、急に動物性食品、特に肉を中心に食べるようになってきました。

植物性食品を主食にしてきた日本人は、動物性食品中心の欧米人よりも長いとされています。

腸が長いと言うことは、消化の悪い食べ物でも十分、消化吸収できる機能を持っていると言うことです。
逆に肉などは長い時間腸内に留まると、腐敗して毒になってしまうそうです。
※日本人の腸(小腸大腸あわせて)は、長さ約9.2mで欧米人約7mと報告されています。

数十年前まで日本には、ダイエットやメタボリックという考えがありませんでした。

これは何を意味するかというと、やはり生活習慣が変わってきて、いろいろ問題が生まれてきたんだと思います。

この生活習慣のギャップは、ダイエットが必要な根本的な原因のひとつになっているようです。

日本は欧米から食生活ごと輸入してきました。数十年たって欧米からダイエットやメタボリックについても知らせ聞くようになりました。

マクロダイエットでは、そういった習慣のギャップに焦点をあてます。
日本人の消化器官にあった植物性食品、穀物菜食を見つめなおします。





人を見た目で判断する時代になったからこそダイエットが大事

人は見た目で判断するものではない、と昔よく言われたそうです。
しかし、はたしてそうでしょうか。

今の時代ほど、人を見た目で判断する時代はないのではないでしょうか。

インターネットや携帯電話が発明されて、遠くにいてもコミュニケーションがとれる便利な世の中になりました。

パソコンをたちあげれば、世界の裏側にいる人とも数秒でコミュニケーションがとれるようになりました。
姿かたちの見えない相手と、気軽にコミュニケーションがとれるようになったのは、ここ十数年のことです。

ネットや携帯電話でのコミュニケーションがさかんになれば、なるほど、人は人と面と向かって会わなくなります。

リアルなコミュニケーションの機会がなくなってきています。
だからこそ人が人と会う機会は重要ですし、会話を交わさないからこそ、人を見た目でまず判断しなければなりません。

向こうに立っている相手が、髪がぼさぼさでは、その人の美的感覚や生活面に不安を感じますし、安い服を着ていれば、相応の経済面を推し量ることができます 。
現実に仕事の世界だって、相手の靴を見て、業種や成績を判断すると言います。
※2005 年に出版され 100 万部を突破した「人は見た目が 9 割」(著者:竹内一郎、出版社:新潮社)によると、非言語コミュニケーションの外見での判断の比重が、非常に高いと報告されています。

そして見た目の中で、一番簡単に理解でき、かつ致命的なのは、体型です。
体型はその人のすべてを象徴します。


服だけでは隠し通せない体型がそこにあります。
体型が太りすぎていたら、恋愛の対象になりにくいかもしれません。
仕事ができないと思われるかもしれません。
現にアメリカでは太っていることは、自己管理ができないと見られて、出世に響くとさえ言われています。


スタイルはその人の多くを物語ります。

すらっとしている人、ずんぐりしている人、ぽっちゃりしている人、引き締まっている人・・・形容だけでも、その人がどんな人か分かる気がします。

そしてスタイルの良し悪しは多く自分の責任です。

もちろん内面が外見と異なる人もいます。
でもその場合は、仲良くなっていろいろと話をして打ち解けて、やっと誤解をといていくことになります。

恋愛や仕事であれば、それだけでも何歩もライバルからハンデになります。
スリムなほうが有利なことは間違いありません。
また健康面でも、太っている人のほうが、さまざまな病気を併発する確率が高いことは事実です。

今日ほど、エステやダイエットが騒がれるのは、人を見た目で判断する時代だからこそ、と言えるのではないでしょうか。

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